≪書評≫「剛腕 使い捨てされる15億ドルの商品」 著 ジェフ・パッサン

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メジャーリーグの世界に革新をもたらした例を紹介している本は私が知っている中で2冊ある。セイバーメトリクスを世の中に広く普及させることになった「マネーボール」とそのセイバーメトリクスが新しい段階に入ったことを知らせる「ビッグデータベースボール」の2冊である。

この2冊は野球が好きな人間を野球が大好きな人間にする力がある。ページをめくるごとに今まで知らなかった野球に関する新しい知識が頭の中に入り込み、読み終わった後に見る野球の試合を今までより一層楽しいものにしてくれるからだろう。

では、今年の2月に日本語版で発売された「剛腕 使い捨てされる15億ドルの商品」(以下「剛腕」とする)もメジャーリーグの世界に革新をもたらすであろう事例を紹介している。では、「剛腕」は前者2冊と同じく読み終わった後に見る野球の試合を楽しいものにしてくれるものだろうか?

タイトル通り「剛腕」は投手の肘の故障についての実例を交えながら詳細を述べている。肘の故障を抱えた投手の苦痛、不安、悩み、葛藤が「剛腕」の中では度々登場する。これらのことを知った上で野球を、特に投手の投球をこれらのことを知らない前よりも楽しく見ることは難しいかもしれない。だが、「剛腕」で得た知識によって野球を違う角度から見ることができる。それを楽しいと思えるかは読者次第ということになるだろう。

しかし、「マネーボール」や「ビッグデータベースボール」のように「剛腕」もページをめくるごとに新しい知識が頭に入りこむ。そして、その知識は頭に入れる価値がある。

「剛腕」は大きく分けると3つのことに焦点を当てている。「トミー・ジョン手術」「アマチュア野球の投手」「科学による投球へのアプローチ」についてだ。

トミー・ジョン手術は野球が好きな人なら一度は耳にしたことがある単語だろう。NPBしか見ない人なら年に1~2回、MLBを見る人なら1ヶ月に1回は見聞きする単語だ。「剛腕」ではこのトミー・ジョン手術についてメジャーリーガーの実例を交えながら「手術がどれほど難しいものか」「復帰までの道のりはどれほど険しいものか」ということについて生々しく書かれている。

その生々しい事実を知った上でそれを克服した投手を見るとまた違った楽しみ方ができるかもしれない。

アマチュア野球の投手についてはアメリカと日本に主眼を置いて描かれている。アメリカのアマチュアの投手は日本のアマチュアの投手ほど投げ過ぎているものではないと思われがちだが、実際はアメリカでも若いアマチュアの投手の投げ過ぎは問題となっている。ユースチームのビジネス化に伴い若い10代の投手が精神的にも身体的にもすり減らされている実態を「剛腕」は明らかにしている。

日本では甲子園を目指す高校野球の投手についてある対照的な2人を主役にして描かれている。済美高校所属時代にあまりにも多い投球数が話題となった安樂智大投手と、自ら投球数を管理することで自分の肘を守ることにした立田将太投手。そしてこの2人の投手の指導者についても言及されている。

アメリカと日本でのアマチュア野球の性格やシステムの違いは山ほどあるが2国の若いアマチュア投手が投げ過ぎてしまう事実は共通している。そのことについて一考してみる時間を作るきっかけを「剛腕」は与えてくれるだろう。

科学による投球へのアプローチはどうすれば肘を壊さず投げ続けることができるか、人間が行う投球という動作はさらに進化することができるのかということを真剣に考えている人々を中心に描かれている。今まで知ることができなかった最新を「剛腕」は紹介している。

この最新が正しいのか読者にも「剛腕」を書いたジェフ・パッサンにも今は分からない。だが、絶えず投球ということに関して研究を重ねている人々がいることはまぎれもない事実である。その事実の一端に触れるだけでも価値はあるだろう。

 

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