ロイ・ハラデイ特別追悼コラム

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 ハラデイの奮闘も虚しくフィリーズはワールドシリーズを逃した。覇権奪回を狙ったフィリーズのルーベン・アマロGM(当時)はFAになったリーと契約した。これによりハラデイ、リー、コール・ハメルズ、ロイ・オズワルトの球界を代表する投手4人が先発ローテーションに並んだ。スプリングトレーニングでスポーツ・イラストレイテッド誌は4人を表紙の写真に起用するために取材の申請を行った。しかしハラデイは先発ローテーションのもう1人の選手であるジョー・ブラントンに配慮して、ブラントンも写真に加えない限り取材を受け付けないと答えた。ハラデイの高潔な人間性を表している出来事の1つと言えるだろう。さらに驚くべきことに、先発ローテーションを組んだ5人はこの出来事がきっかけで家族ぐるみで付き合いが始まった。そして2014年には用事のためにオズワルト家は参加できなかったが、それ以外のハラデイ、リー、ハメルズ、ブラントン、そしてスポット先発要員を務めたカイル・ケンドリックの五組の家族でオーストラリアに旅行に行き楽しい時間を過ごした。残念ながらハラデイは2012年以降は故障や不振に苦しみ、2013年に現役を引退した。最後はブルージェイズの選手として1日契約を結び引退した。

 現役引退後は息子の所属チームで未来のメジャーリーガーを育てながら穏やかな生活を送っていた。ハラデイが亡くなったのは火曜日だったが、前日の月曜日にハラデイが指導に関わっていた高校を訪ねた人物がいた。それはブルージェイズでハラデイの指名に関わったスカウトのティム・ウェルケンである。ウェルケンはハラデイに彼が初めてハラデイを見たときのスカウティングレポートのコピーを届けるために偶然高校を訪ねていた。残念ながらハラデイは不在でそのコピーを受け取ることはできなかった。そしてその翌日にハラデイは帰らぬ人になってしまった。

 

 ハラデイの姿を我々が再び目にすることはできないが、彼がマウンドで見せた闘争心や穏やかな笑顔の記憶は永遠に消えることのない。最後になったが、投手としても人間としても偉大だったロイ・ハラデイに最大の敬意を表してこのコラムを締めくくりたい。

 

Text by Yuichi Ando

写真:https://flic.kr/p/6rzdTR

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