開幕延期した時間を使うには野球ファンはどうすれば良いのか

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MLB 10-19 PLAYER RANKING 10-1

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MLB 10-19 PLAYER RANKING 30-21

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MLB 10-19 PLAYER RANKING 40-31

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Big Stake For Freshman. 第4回「MLB Money -Part 2-」

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  • ドルー兄弟は全員『ボラス物件』

当然、考えられるのは入団拒否です。その通り、彼はボラスに薦められ、4年総額800万ドルの契約を蹴飛ばして独立リーグの球団へと入団してしまいます。それが彼のキャリアにいかなる影響を与えたかというのは計り知ることができません。が、1999年8月10日の彼にとっては悪夢のような選択だったことでしょう。その日彼は……勿論カーディナルスの一員として……初めてある場所で野球をしました。その場所とは果たして、当時のフィラデルフィアフィリーズの本拠地、ヴェテランズスタジアムでした。当然のように、球場はドルーに対する激しいブーイングと、敵意の目線で一杯になりました。その空気に煽られたか、二人のフィリーズファンが乾電池をグラウンドのドルーに投げつけ、審判が警告を発するほどの試合へと発展してしまったのです。

そのせいか否かは分かりませんが、ドルーは順調なルーキーイヤーを送っていたにもかかわらず健康を保てなくなりDL入り、ラルーサ監督とは確執も報じられるほどになってしまいました。これは勿論、ボラスだけのせいというわけではありません。彼に同意したドルーにも原因は当然あります。もし彼が精神的な傷害を負ってしまったとしたら、心ないファンの行為は当然責任を問われるべきものでしょう。しかしこの入団拒否は、これほどの大きな遺恨を残したのです。

さらに大きな影響を受けたのは…いや、代理人契約によって人生を変えられてしまったのはマット・ハリントンだと言えます。

2000年にコロラド・ロッキーズからドラフト1位(全体7位)で指名を受けたハリントンは、当初トミー・タンザーという代理人と契約して交渉を行っていました。タンザーがロッキーズに提示した額は495万ドル。2000年のドラフト会議が行われたのは6月の頭でしたが、その時期のドル価格は日本円で107.18円。つまり5億3000万近い契約金を要求したわけです。相場が分からない方のために書いておくと、この前年のアメリカ全体1位指名を受けたジョシュ・ハミルトン(現TEX)は大体400万ドル程度の契約金で入団しています。つまり、ハリントンはその25%増での契約を提示したわけですから、当然交渉は難航します。

結局ロッキーズは400万ドルの契約金に2002年終了までにメジャーリーグへと昇格させるという確約をつけた破格の条件を提示しますが、それも実らず。ハリントンはその条件を呑まないで次のドラフトにかかることを決意します。そしてこの時、タンザーを解雇してボラスと代理人契約を結ぶわけです。(余談ですが、この年のドラフト1位の中には現LADのエイドリアン・ゴンザレスやTORの2塁手であるケリー・ジョンソン、また日本ハムファイターズのボビー・ケッペルや元横浜ベイスターズのクリス・ブーチェックなど、日本でも名の知れた選手がたくさんいます)

翌年、彼の指名順位は2位(全体58番目)まで落ちました。今度の球団はサンディエゴ・パドレス。球団は120万ドルの契約金を提示しましたが、ボラスと組んだハリントンはこれを拒否。約2倍の契約金を要求したようです。その間は独立リーグでプレーして、自身の評価が上がるのを待つという選択にでました。しかしながらこれが彼の運命の分かれ道になったのです。

彼の独立リーグでの所属球団はノーザンリーグのセントポール・セインツとウェスタンリーグのロングビーチ・ブレーカーズ。その二球団で彼が残した合計成績は以下のようなものでした。

 

12先発登板 2勝6敗 防御率6.75

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