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Category Archives: インタビュー

「MLBを仕事にする」:記者水次祥子さんへのインタビュー

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不定期連載でお送りする、MLBの舞台で選手以外として活躍している方へのインタビュー企画の第3弾。今回は、ニューヨークと東京を拠点にMLBの最前線を記者として長年取材されているフリーランスのライターである水次祥子さんにお話を伺いました。

 

※インタビューは11月にEメールを通して行いました。

 

インタビューでは、記者としてのキャリアの築き方はもちろんスポーツメディアの未来等についても語って頂きました。将来記者を目指す方はもちろん野球好きの方全員にとって必見の内容となっています。それではインタビューをお楽しみください。

 

Part1 記者を志望した動機や学生時代について

—まず簡単な自己紹介と水次様の経歴を教えて頂けますか?

 

 フリーランスのライターで、今は日刊スポーツやベースボール・マガジン社で仕事をしています。専門はMLBですが、たまに米国の社会、文化に関する記事を書くこともあります。伊良部さんや吉井さんがニューヨークでプレーしていた頃にニューヨークを拠点にMLBの取材をするようになりました。現在は日本に拠点を移してMLBの記事を書き続けています。

 

—記者になりたいと思ったきっかけや時期を教えて頂けますか?

 

 記者になりたいという意識を特別持っていたわけではなかったですが、編集の方とのご縁があり、誘って頂いて出版社で記者として働くようになりました。駆け出しの頃はスポーツとはまったく違う分野のことを書いていて、スポーツ観戦が好きだったのでその頃からスポーツの記事を書いてみたいと思っていました。毎週、ナンバーを買っていて、読むたびにいつかスポーツを書きたいと思っていました。

 

—水次様は1993年から95年までニューヨーク大学に在学されていましたが、ニューヨーク大学を選ばれた理由はあるのでしょうか?

 

 住むならニューヨークがいい(車の運転をしなくても生活できますし、外国人にとって大都会なら不自由がないので)と思っていたので、ニューヨークの大学を選びました。ニューヨーク大学にしたのは、コロンビア大に入るのは難しかったので第2希望にした感じですね。ニューヨーク大学はマスコミや映画、芸能、芸術関係に強い大学で、ここの出身の著名人、ジャーナリストも多いです。

 

—初めてアメリカで生活された時に、驚いた事や日米の違いを感じる場面は何かありましたか?

 

 いいことも悪いことも、違いはたくさんあります。文化、慣習が全然違いますからね。何もかも違うので、いちいち驚かないで自然に受け入れることが大事かなと思います。

 

—普段のTwitterでの情報発信等を拝見していると、MLBや野球の取材が多いのかなと思いますが、様々なテーマがある中で野球を自身の取材のテーマにされた理由は何ですか?

 

 MLBを専門にする前は様々なスポーツを取材していました。米国に住んでアメリカのスポーツを取材したかったのと、正直な話、安定的に仕事がもらえるのはMLBしかなかったですからね。日本人選手がMLBにしかいませんので。日本語で日本のメディアに記事を書くわけなので、日本人選手のいるリーグでないと需要がないですから。今はNBAの仕事もできるでしょうけれど。

 

FEDインタビュー「MLBを仕事にする」第2弾 – MLB4球団で広報インターン・通訳を経験し、現在はフリーランスとして活躍する新川諒さん

FEDインタビュー「MLBを仕事にする」第2弾―新川諒さん

 

不定期連載でお送りする、MLBの舞台で選手以外として活躍している方へのインタビューの第2弾。今回は、MLB4球団で広報インターン、通訳を経験され、現在はフリーランスとしてご活躍されている新川諒さんにお話を伺った。

 

まず、新川さんの経歴を簡単に紹介する。

参考:新川諒のプロフィール|note(ノート)

新川さんは、幼少期をアメリカで過ごし、日本の中学高校に通ったのち、再びアメリカの大学に進学。在学中にクリーブランド・インディアンスで広報インターンを経験し、その後、ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで合計5年間、日本人選手の通訳を務められた。2015年からは、日本でフリーランスとして活躍されている。

 

インタビューでは、広報・通訳の仕事内容から私たちへのアドバイスまで幅広く語っていただいた。

※インタビューは3月下旬に赤坂で行いました。

 

 

☆広報のインターンに至るまでのキャリアについて

 

―新川さんは、クリーブランド近郊にあるボールドウィン・ウォーレス大学でスポーツマネジメントを勉強されていましたが、数あるアメリカの大学の中でなぜ同大学を選択したのですか?また、なぜスポーツマネジメントを選択したのですか?

 

中学・高校から繋がっている大学の学部説明を受けた時に自分の中でピンとくるものがなく、環境を変えたいなと思っていました。英語の問題も特になかったので、アメリカの大学への進学を決断しました。複数の大学を受けましたが、小さい頃に西海岸のシアトルとロサンゼルスに住んでいたので、環境を変えるという意味で、クリーブランドを選びました。スポーツの町であることも重要でしたね。四大スポーツに携わる仕事がしたいと思っていたのでスポーツマネジメントを選択しましたが、当時はそこまで細かくは考えていませんでした。

 

―NFLのブラウンズやNBAのキャバリアーズもクリーブランドに本拠地を置いていますが、なぜMLBのインディアンスのインターンとして働こうと思ったのですか?

 

野球経験はなく、仕事をしてから初めてキャッチボールをしたくらいです。当時(大学3年生の冬)はイギリスの大学に留学していたのですが、小林雅英投手がインディアンスに入団したというニュースを聞き、日本人としてチャンスがあるかなと思いました。大学関係者や、以前大学の授業にスピーカーとして登壇したことのあるインディアンス球団職員の方にメールを送ったところ、運良くそれが広報部長のもとに届きました。電話でお話をし、スプリングトレーニングから合流することが決まりました。

 

―インターンの面接・選考でアピールしたことはありますか?また、採用担当者が特に重視していたと思われる点はありますか?

 

もちろん日本語が話せるという点は強みではありました。後で上司から言われたのは、自分が大学のスポーツインフォメーションオフィスでインターンをしていたことです。新聞を作ったり、記録を管理して地元メディアとやり取りをしたりしていました。日本人に対する一番の疑問点は、本当に英語を話せるのか、コミュニケーションができるのか、なので、その経験は大きかったですね。日本人として採用したというよりかは、アメリカ人としても使えると思ったからというのは言われました。

 

―日本人のような外国人に求められる英語のレベルはどのくらいなのでしょうか?

 

部署や役職にはよりますが、言語をどれだけ喋れるかというよりかは、どれだけコミュニケーションがとれるかの方が重要です。言語については100%ではないかもしれないけど、それ以外で補えるなと思ってもらえたら採用の弊害にはならないと思います。

 

FEDハンドブック2019特別インタビュー:ラーズ・アンダーソン選手(元BOS)

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今回は3月末に販売する「FEDハンドブック2019」に掲載するかつてボストン・レッドソックスでプレイしたラーズ・アンダーソン選手にインタビューを一部特別公開します。

アンダーソン選手は高校卒業後2006年のドラフトで指名を受けてレッドソックスに入団。その後は階級を上げていき2009年開幕前のMLB公式サイトのプロスペクトランキングでは、全体で25位にランクインしました。その後MLBに昇格しましたが、レッドソックスの層の厚さにも阻まれ期待されたほどの活躍はできずMLBでは合計30試合の出場に終わりました。

その後マイナーリーグでプレイして2017年には四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドックスに入団。退団後はオーストラリアとドイツの球団に所属しました。様々な国で野球をしたアンダーソン選手に各国間の野球に対する考え方の違いやアメリカ時代の濃密なお話を伺うことができました。それではインタビューをお楽しみください。

――アンダーソン選手は2016年までドジャースのAAAでプレイされていました。しかし2017年以降は、日本、オーストラリア、ドイツと様々な国でプレイされています。どうしてこのように様々な国でプレイされているのでしょうか?

 

――僕はプロ野球選手としてアメリカ国内で10年間プレイしてきた。もし野球を続けるならば、今までとは異なる経験をして違う国で野球をしたいと思ったんだ。そうすれば、世界を見ることと野球をプレイすることが両立できるから。また僕はBirdman Batsと呼ばれるバットの会社のオーナーを務めている。海外でプレイすることで、僕の会社が生産しているバットが新しく刺激的な市場に届くようになると思ったんだ。

FEDインタビュー「MLBを仕事にする」第1弾 – アトランタ・ブレーブスのトレーナー西尾嘉洋さん

 

この冬も菊池雄星投手が海を渡りMLBへの挑戦を決めた。MLBでは多くの日本人選手がプレイしてきたが、MLBで活躍している日本人は選手だけではない。

選手を支える様々なスタッフの中にも多くの日本人の方々が含まれている。そこで今回から不定期連載としてMLBの舞台で選手以外として貢献している方へのインタビューをお送りする。

 このインタビューの趣旨として、MLBで選手以外の仕事を目指す上でのキャリアの築き方がある。MLBで働きたいと思っていても日本では情報が少ないのが現状だ。そこで様々な分野の先駆者にそのキャリア形成について助言を頂きたいと思ってこのインタビューを申し込んだ。

 記念すべき第1回目のインタビューをお願いしたのは、現在アトランタ・ブレーブスでトレーナー・スタッフとして活躍されている西尾嘉洋さんだ。

西尾さんは日本の中日ドラゴンズを経てコロラド・ロッキーズやオークランド・アスレティックス、ニューヨーク・メッツ等複数のMLBチームに勤務された経験を持つまさにトレーナーとしてMLBの世界を開拓したパイオニアと言える。

そんな西尾さんにトレーナー・スタッフとしての仕事やキャリアの築き方について語って頂いた。是非多くの方に読んで頂きたいと思う。またバンドSCOOBIE DOのメンバー、オカモト”MOBY”タクヤ氏の尽力無しにこのインタビューは成立しなかった。この場を借りて改めて感謝申し上げます。

 また以前杉浦大介さんが西尾さんに行ったインタビューを参考にして頂ければ、さらにMLBのトレーナーの仕事を理解できると思います。それではインタビューをお楽しみください。

※インタビューはFacebookのmessengerを利用して1月上旬に行いました。