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Lock Back Big Trade-レンジャーズが逆転地区優勝を果たした2015年トレードデッドラインのトレード

Rangers at Orioles 8/4/16

 

 

 

 

 

 

 

 大型トレードのその後を追っていくコラム。

 

・TDLの時点で勝率5割未満ながら、PO進出をもたらしたトレードを振り返る

 Written by Akiyuki Suzuki

 Photo link https://flic.kr/p/KHXW5K

 2015年7月31日、レンジャーズとフィリーズの間で1つのトレードが発表された。

Rangers Acquire Cole Hamels In Eight-Player Deal

TEX
Player POS AGE $(M)
コール・ハメルズ LHP 31 23.5
ジェイク・ディークマン LHP 28 0.5
キャッシュ     9.5
PHI
Player POS AGE $(M)
マット・ハリソン LHP 29 13.2
ジェラッド・アイコッフ RHP 24 0.5
アレク・アッシャー RHP 23 0.5
ホルヘ・アルファロ C 22  
ニック・ウィリアムズ OF 21  
ジェイク・トンプソン RHP 21  

 

 当時、レンジャーズは50勝52敗で勝率5割を切っていたものの、53勝49敗のツインズと3ゲーム差でWCに望みがあり、また、翌年以降の優勝を目指すために、エースタイプの先発であるハメルズ(LHP)とリリーバーのディークマン(LHP)を獲得した。

 一方、フィリーズは再建真っ只中にあったため、長期構想から外れていた2投手を放出。見返りとして、2014年、15年に各種プロスペクトランキングに名を連ねていたウィリアムズ(OF)やアルファロ(C)と言ったハイシーリングなプロスペクトに加え、トンプソン(RHP)等のスリーパープロスペクト、計5人を獲得。ハリソン(LHP)は両チームの年俸調整的意味合いが強く、移籍後は登板を果たすことなくDL入りし、翌年リリースされた。

 

・トレードがレンジャーズに与えた影響

 ハメルズとディークマンを獲得したことにより、投手力の向上に成功した。ダルビッシュ有(RHP)をトミー・ジョン手術で欠いていたものの、エース不在のローテーション、不安のあるブルペンという重要な問題を同時に解決した。夏場以降レンジャーズは順調に勝ち星を積み重ね始め、9月1.5ゲーム差で追いかける首位アストロズとの4連戦をスウィープ。前年AL西地区最下位から地区優勝を成し遂げた。地区優勝を決した試合は、ハメルズの完投勝利だった。翌年も1年間を通して2人が活躍。地区2連覇を成し遂げた。

 

 しかし、アルファロ(C)を放出したことにより後年の正捕手不在を招いた他、地区2連覇を果たしたもののWS制覇はおろかALDS敗退に終わったことを鑑みれば、手放しに成功であったとは言い切れない。

 

2019年HOF振り返り

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現地時間2019年1月22日にアメリカ野球殿堂に関する記者投票の結果が発表され以下4名が選出された。()内は得票率。

 

・マリアノ・リベラ(100.0%)

・ロイ・ハラデイ(85.4%)

・エドガー・マルティネス(85.4%)

・マイク・ムシーナ(76.7%)

 

以上4名に加えて、ベテランズ委員会選出のハロルド・ベインズとリー・スミスが選出されており合計6名が殿堂入りの名誉を勝ち取った事になる。

今回は記者投票によって選出された4名の輝かしいキャリアを振り返り、今回の得票結果から見えた来年以降の展望にも触れながら締めたいと思う。

まずは4人の選手のキャリアを見ていく。

2018年HOF投票振り返り

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日本時間の25日今年の殿堂入り選手の発表が行われた。今年殿堂入りを果たした選手は4選手。投票率順にチッパー・ジョーンズ(97.2%)、ブラディミール・ゲレーロ(92.9%)、ジム・トーミ(89.8%)、トレバー・ホフマン(79.9%)だ。ここではこれら4選手を簡単に紹介していく。

まずはチッパー・ジョーンズ。90年代から2000年代にかけてのアトランタ・ブレーブスの黄金期を代表する選手で、メジャーリーグ史に残るスイッチヒッター。左右両打席から高いアベレージとパワーを発揮し、通算成績は打率.303、468HR、1623打点と圧倒的。また素晴らしいアプローチの持ち主で知られており、通算でも四球が三振の数を上回っている。8度のオールスター選出、99年にはシーズンMVPを獲得するなど申し分ない成績で、元チームメイトであるグレッグ・マダックスに並び歴代10位タイとなる97.2%という高い得票率を記録した。

 

2番目に高い得票率を獲得したのはモントリオール・エクスポズやロサンゼルス・エンゼルスを中心に活躍したブラディミール・ゲレーロ。豪快なスイングに悪球打ちなど派手なプレーでファンの心を鷲掴みにした。そのスイングからは想像できないほどコンタクトがうまく、通算打率は.318、三振も少なかった。また歴代最強クラスの強肩でも知られている。現在は息子のブラディミール・ゲレーロJrがトロント・ブルージェイズ傘下に所属しており、先日発表されたベースボールアメリカのプロスペクトランキングではメジャー全体3位にランクされるなど息子も超一流の道をたどっている。

 

ロイ・ハラデイ特別追悼コラム

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 突然の悲報を私が知ったのは日本時間の11月8日の朝であった。いつものように目を覚ましてコーヒーを飲みながら私はTwitterを見ていた。するとMLBの公式アカウントがロイ・ハラデイのプレーオフ初登板のビデオハイライトを投稿していた。私は戸惑った。なぜワールドシリーズが終わったこの時期にハラデイの映像が流れているのか理解できなかった。ハラデイがどこかのチームでコーチに就くのかとも考えた。それから様々なツイートを見て私はようやく事の重大さを知ることになる。

 メキシコ湾の沖合でロイ・ハラデイが飛行機事故で亡くなったのだった。

 今回の記事では2000年代最高の投手と評価されたハラデイのキャリアを振り返り改めて彼の偉大さを振り返りたい。

 ハラデイは1977年にコロラドのデンバーで誕生した。ハラデイの父は食料輸送会社でパイロットとして勤務していた。一方の母は専業主婦として家族を支えた。ハラデイは父の影響もあって飛行機が好きでブルージェイズに所属していた時から模型の飛行機を使って遊んでいた。ハラデイの父は息子が飛行機を購入しパイロットになる時にも多くの助言をした。デンバー郊外の北西にあるアルバダ西高校を卒業後ブルージェイズに1995年のドラフト1巡目全体17位で指名を受けてプロ入りした。ブルージェイズのハラデイの指名をアシストしたのが現在ダイヤモンドバックスでスカウトを務めるティム・ウェルケンのレポートだった。ウェルケンによるとドラフトの時には後にハラデイが所属することになるフィリーズも指名に興味を持っていた。しかしフィリーズは後にレッズなどで活躍する外野手のレジー・テイラーを優先した。そのために全体の17人目までハラデイが残ってブルージェイズが指名することになった。